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仙台高等裁判所秋田支部 昭和62年(行コ)2号 判決 1989年7月26日

控訴人 横山善男

被控訴人 国

代理人 今泉秀和 大島真彰 梅津侃二 佐藤清夫 福田庄一 齊藤信一 ほか六名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は、環境庁長官が控訴人に対し昭和五九年五月一五日付及び昭和六一年六月一四日付で損失補償金額をいずれも零円とした決定を、前者については金八一一〇万四六八八円に、後者については金七四八一万九〇四六円に各増額する旨の決定をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決五枚目裏一行目の「剥脱」を「剥奪」と訂正し、同面九行目の「一立方」の次に「メートル」を加える。

(控訴人の当審での主張)

一  本件各伐採許可申請が申請権の濫用に当たらない理由として、左記の事情を補足する。

控訴人は、象潟町との間で昭和五六年八月二〇日に訴訟上の和解をした当初から、秋田県や国が立木を買上げなければこれを伐採する意思を有していたのであり、しかも、一年間に二〇ヘクタールづつ伐採しても一〇年間を要するので、伐採期間を和解成立の日から一〇年間とすることで右和解に応じたのである。しかるに、和解成立後も秋田県や国に買上げを実行する気配がなかつたため、控訴人は買上げの動きを進展させ、進展がなければ実際に伐採する意思で伐採許可申請をした。

したがつて、少なくとも本件の伐採許可申請甲は真実伐採を目的としてなされたのである(なお、伐採許可申請乙、丙及び丁は、これらが補償目当てのものであるとしても自ら積極的に意欲してのことではなく、秋田県当局(担当者は知事から委任された出口廣光副知事である。)の行政指導に従つてなされた。)。

伐採許可申請甲がなされた後、秋田県から控訴人に対し、択伐又は一団地二ヘクタール以内の皆伐法によるべき旨の指導があつたが、控訴人は、「伐採期間を一〇年間として和解したので、択伐や一団地二ヘクタールの皆伐法では期間内に伐採できないし、採算もとれないから、応じられない。」と説明したところ、県側もこれを了解した。

なお、県が「三〇パーセント以内の択伐」という指導をした事実がないことは、甲第六六号証からも明らかであるが、仮にそのような指導をしたとすれば、本件山林は薪炭林であつて、その択伐率は六〇パーセント以内である(乙第一四号証参照)から、それは誤つた指導である。

二  被控訴人は、本件立木に対する伐採制限は財産権自体に内在する制約であり、補償を必要とするような特別の犠牲ではないというが、昭和六三年度林業白書によれば、森林に対しては教育活動や人間性回復の場としての新たな期待が高まつているとし、国民共通の財産である森林づくりのためには、国民の参加や公的資金の投入に加えて、森林利用者にもその費用を求める必要があると強調していることに鑑みれば、被控訴人の右主張は排斥されるべきものである。

(被控訴人の認否)

控訴人の右一の主張はいずれも争う。なお、本件立木は樹齢七〇年以上のブナ等であり、薪炭林ではない。

証拠関係 <略>

理由

一  当裁判所も、原判決のいう本件第一事件及び第二事件における控訴人の各請求はいずれも理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、第二項の説示を付加するほか、原判決の理由と同一であるから、これを引用する。ただし、次のとおり補正する。

1  原判決一三枚目裏八行目の「原告本人尋問の結果」を「原審における控訴人本人尋問の結果」と改める。

2  同一四枚目表四行目の「あり」を「あることにかんがみ」と、同五行目の「承継」を「継承」と、同一五枚目裏一行目及び同九行目の各「三五条二項」を各「三五条一項」とそれぞれ訂正する。

3  同一六枚目裏七行目の「証人」を「原審証人」と、同八行目及び同一七枚目裏七行目の各「原告本人尋問の結果」を「原審における控訴人本人尋問の結果」と各改める。

4  同一八枚目表九行目の「秋田県は」の次に「昭和五六年一一月ころ」を加える。

5  同一八枚目裏四行目の「他に右認定に反する証拠はない。」を「当審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲採用証拠に照らして措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。」と、同面一〇行目の「原告本人尋問の結果」を「原審及び当審における控訴人本人尋問の結果」と各改める。

6  同二〇枚目表九行目の「原告本人」から同一〇行目の「証拠はない。」までを「原審及び当審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲採用証拠に照らして措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。」と改める。

7  同二〇枚目裏一行目の「証人」から同二一枚目表五行目の「証拠はない。」までを次のとおり改める。

「<証拠略>を総合すれば、伐採許可申請甲がなされた後の昭和五六年九月末日あるいは翌一〇月一日ころ、秋田県の出口廣光副知事は控訴人所有の本件立木の伐採に関連して現地を訪れ、右立木を残すための方策について控訴人と話合つた際、概略「立木は残すべきだ。伐採が不許可となれば補償の問題が起きるので、まず伐採許可申請をしてみたらよいのではないか。」との趣旨の発言をしたことが認められる。

しかしながら、<証拠略>によれば、右九月又は一〇月ころ、当時秋田県自然公園課の課長補佐として自然公園業務を担当していた同証人に対し、上司から控訴人主張の如き行政指導と関係のある指示等はなされなかつたことが認められ、また、前記認定(原判決一八枚目表九行目から末行までのとおり同年一一月ころ秋田県から控訴人に対し、もし伐採をする場合には現在蓄積の三〇パーセント以内の択伐とするか、皆伐であれば面積を制限して一団地二ヘクタール以内とすべき旨の指導がなされたことに鑑みると、出口副知事が前記の如き示唆をしたことをもつてしても未だ控訴人主張の如き行政指導があつたとは認め難く、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

更に付言するに、出口副知事が本件各伐採許可申請の内容のような皆伐法によるべきことを指導したことを認めるに足りる証拠はないこと、自然公園法三五条三項の規定によれば、同条一項の規定による損失補償は環境庁長官が決定し、知事にはその権限がないこと、後記のとおり、控訴人は、不許可になつた際の損失補償を目的とした上、秋田県から昭和三四年一一月九日国発第六四三号各県知事宛国立公園部長通知(<証拠略>)による基準に従つた指導を受けながら、あえて不許可になることの明白な広範囲にわたる立木を皆伐の方法により伐採するという内容で、本件各伐採許可申請をし、かつこれを維持したことを総合して考察すると、出口副知事の前記発言も、本件各伐採許可申請が申請権の濫用に当たるとの判断を左右するものではないというべきである。」

二  控訴人の当審での主張に対する判断

1  控訴人の主張一前段について

控訴人は、少なくとも伐採許可申請甲は伐採を目的とした旨主張し、その根拠として、控訴人は象潟町との間で昭和五六年八月二〇日に和解が成立した当初から秋田県や国が立木を買上げなければこれを伐採する意思を有していたのであり、しかも一年間に二〇ヘクタールづつ伐採しても(二〇〇ヘクタールほどある山林を全部伐採するには)一〇年間を要するので、伐採期間を和解成立の日から一〇年間とすることで和解に応じた旨主張し、<証拠略>中には右主張に符号する供述部分がある。

しかしながら、当裁判所の認定でもある原判決認定に係る事実関係(前記一の補正部分を含む。)によれば、本件各伐採許可申請が自然公園法の特別地域指定の趣旨に著しく反するものとして社会通念上到底許可を受けえないものであることは明らかである上、控訴人は秋田県から<証拠略>の通知による基準に従つた指導(現在蓄積の三〇パーセント以内の択伐又は一団地二ヘクタール以内の皆伐法によるべきことをその内容とするもの)を受けながら、あえて申請内容を変更しなかつたのであるから、伐採許可申請甲は、許可を受けた地域の立木を現実に伐採することを目的としてなされたものではなく、不許可になつた際の損失補償を目的としてなされたものであると推認せざるをえない。

もつとも、控訴人と象潟町との間に成立した前記和解の内容によれば、和解成立の日から一〇年以内に和解で控訴人の所有権が確認された立木が国又は秋田県に買上げられなかつた場合には、控訴人は無償で右立木の所有権を喪失することになるが、他方、控訴人は、知事の許可を得て(前記基準に合致する許可申請であれば、許可される可能性がある。)右立木の一部を伐採して収益をあげることが可能であつたと考えられ、反面、一年間に二〇ヘクタールづつ伐採することが前記基準上到底許可されえないものであることは明らかであるから、右「一〇年間」の定めの主眼とするところは伐採期間よりもむしろ売買交渉期間を限定したことにあるものと解される。そうすると、右和解内容は、前記推認を左右するに足りないものといわざるをえない。

控訴人の主張一前段に符号する控訴人の前記供述部分はにわかに措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがつて、控訴人の右主張は採用できない。

2  同後段について

秋田県が控訴人主張の如き了解をした点については、<証拠略>にこれを符合する部分があるが、右供述部分は前掲採用証拠殊に<証拠略>に照らして措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

なお、県側が控訴人に対する指導において択伐範囲を現在蓄積の三〇パーセント以内に限定したことは、<証拠略>により認められる(控訴人自身も、昭和六〇年七月一五日付準備書面のみならず<証拠略>においてこれを自認している。)。

また<証拠略>によれば、本件山林は、薪炭林ではなく用材林であること、そして、控訴人自身本件立木を伐採後ホタ木又はチツプとして販売する計画を有していたことが認められる。

したがつて、控訴人の主張一後段もまた採用できない。

3  同二について

上来説示のとおり、控訴人の本訴請求を本件各伐採許可申請が申請権の濫用に該るとして排斥する以上、控訴人の右主張については判断の要を見ないところである。

三  よつて、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林啓二 田口祐三 飯田敏彦)

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